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11月例会報告

更新日:2023年11月24日




と き:11月21日(水)19時〜20時30分

ところ:ミュージックバー OMS

出席者:リアル 20名(会員 12名 ゲスト 8名)

    配 信 10名(会員  4名 ゲスト 6名)


テーマ:子どもの幸福度」の総合順位は20位。 このままでいいのか?Nipponのリアル

講 師:岡山ユニセフ協会 専務理事 片岡雅子さん



内 容:

 1959年11月20日には国連総会は「子どもの権利宣言」を採択し、その30年後の1989年の11月20日、すべての子どもに人権を保障する初めての国際条約『子どもの権利条約』を、国連総会で採択しました。そこで今回は、岡山ユニセフ協会の専務理事、片岡雅子さんをお招きして、YMCAと合同で、リアル&オンライン会を実施しました。

 片岡さんの娘さんがYMCAのメンバーであったことがご縁となって、今もさまざまな形で協力関係にある岡山ユニセフ協会さん、今回は動画も使いながら、世界や日本の情勢を語ってくださいました。

11月3日、岡山ユニセフ協会は35周年を迎えられました。その集会は、中高生が主体となって運営しており、大変感銘を受けました。ゲストスピーカーの山本シャール登眞さんの講演が大変素晴らしかったです。(リンクをクリックしていただくと、ポッドキャストのページに行きますので、そこで肉声を聴いていただくことが可能です。)



加えて城東高校の合唱部の演奏にも心打たれました。

若者やこどもたちが、自分たちの想いを表現し、実現していくことができる場の創造を維持しようとしているお働きの一端がよくわかり、ますます協働のパートナーであるとの自覚を深めました。



 今回のテーマは、こどもの権利についてでした。「人権」とは、“Human Rights”の訳語です。しかし「人権」と“Human Rights” が、本当に同じニュアンスかというと、どうも両者にはかなりの隔たりがあるように感じます。そして、この溝が、日本における「権利」あるいは「人権」に対する 人々の意識に、影響を与えているように思うのです。


 そもそもrightは「右」「正しい」「権利」と訳されます。このように訳される背景は、古代ローマまで遡ります。古代ローマ人は体の右側を善(正しい)とする一方で、体の左側には悪霊が宿る(正しくない)と信じていたそうです。


 古代ローマの「right」にあたる単語「dexter」から派生した「dexterous」は「skillful」つまり「上手な」「巧みな」などと同じ意味でした。一方で古代ローマ人の「left」に当たる単語「sinister」は「evil」「wicked」を意味していました。これが左利きに否定的な考えを作り出してしまった理由かもしれません。しかし今日は、多くの左利きが社会に受け入れられるようになってきました。さらに、スポーツの世界では左利きであることが有利ですらあるとみなされるようになりました。おかげで、左利きは疎外感を感じることが少なくなくなりました。最近では、大谷翔平選手が全国すべての小学校に3つのグラブを送り、そのうちのひとつが、左利き用であることが大きな話題となりました。


 英語の“right”という言葉には、「権利」のほかに「正しい」という意味があると書きましたが、「ほかに」と いうのは、正確ではないのです。日本語では「権利」と「正しい」という一見別の意味を与えられているように見えるのですが、英語の“right”という言葉がもともと2つのちがった意味をもっていたわけではないのです。前述のように、 “Right”の本来の意味は「正しい」という意味なので、日本語で「権利」と訳されてい る“right”とは、本来は、「正しいこと」というイメージなのです。


 ところが、日本語の「権利」という言葉には「正しい」という意味は含まれていません。逆に、「権」という言葉には「力」(power)という意味を含んでいるので、「権利」という言葉は、「自分の利益を力ずくでおし通す」といったニュアンスを醸し出します。それゆえ「権利ばかりを主張するのは問題だ」といわれたりするのです。しかし、このフレーズの「権利」を“right”におきかえてみれば、それが成り立ちえない命題であることがわかります。「right(正しいこと)を主張する」のには、何の問題もありませんよね。


 「人権」つまり“Human Rights”とは、「人間として正しいこと」という意味なのです。この“Human Rights”の本来の意味、「人間として正しいこと」は、常に意識されなければなりません。繰り返しになりますが、日本語の「人権」という言葉には、その意味が含まれていなからです。このことを意識することで、人権侵害とは、「人間として正しい状態が侵される」つまり、人間としてあってはならないことだというとがわかるはずです。


 Human Leftsもまた、「人間として正しいこと」と捉えられるような世界を創り出して必要が私たちにはあると大谷選手のエピソードを聴いて思っています。そのためにも、知ることが大切です。ユニセフのサイトを見ていただくとさまざまな学びができるように工夫されていますので、ぜひみなさんもお読みになってください。



講演の最後に流してくださったシリアのこどもたちの歌が今も心に残っています。 

 2017年3月15日、シリア紛争開始から6年。シリアの子どもたちが世界中の人たちに伝えたいメッセージとして、シリアの国内避難民で生まれつき視覚障がいのある10歳の少女アンサムさんと避難民となっている子どもたちが、紛争で傷ついた街から力強い歌を届けてくれたそうです。心の鼓動

作曲:Zade Dirani(作曲家・ピアニスト/ユニセフ親善大使)

うた:Ansam と シリアの子どもたち


今月の例会では、世界YMCA/YWCAの祈祷週を覚えて祈りを合わせました。

以下、その折に使ったスライドを共有いたします。

YS)231121 会長挨拶
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 今年の祈祷週のテーマは「希望の種を撒こう」。オバマ大統領が登場し「Yes,we can.」と高らかに理想を掲げて、世界は良くなるに違いないと思っていた感覚は、今ははるか昔の夢物語になりました。日本のみならず、世界の政治は混迷を深め、それに続くコロナ・ウクライナ・パレスチナと希望どころか闇が広がっているようにしか思えません。


 トマピケティの著作によると、地球規模の分断と格差はますます広がり、今や世界の上位10%の富裕層の資産は、世界全体の76%を占め、下位50%の資産は全体の2%に過ぎないそうです。日本では上位10%の資産が58%、下位50%は5.8%とやはり相当な格差社会となっています。


 ピケティが不平等の根拠として示したのが「r>g」という不等式です。「r=保有している資本(資産・財産)の運用益」は、「g=働いて稼いだお金」を常に上回るというもので、資本収益率(r)が年に5%程度であるにもかかわらず経済成長率(g)は、1~2%しかないとのこと。だから生まれた状態、最近の言葉で言えば親ガチャによって勝負は決まってしまうのです。それゆえ「俺が努力をして稼いだのだから、文句はあるまい」とは簡単に言えないのです。この現実に「自分だけ幸せならいい」の精神が追い打ちをかける。これが国を亡ぼすこととなります。


 YMCA夏期学校講師としても活躍した内村鑑三は、1901年「既に亡国の民たり」という文章を書いています。「国が亡びるということは、山が崩れるとか、河が干上がるとか、土地が崩壊するとかいうことではない。国民の精神が崩壊したとき国は亡びるのだ。人々に愛し合う心がなくなり、お互いを信じられず、友達の成功をねたみ失敗と堕落を喜ぶ。自分だけの幸せを追求し、他の人のことなど考えない。豊かな人は貧しい人を救おうともしない。教育がどんなに高尚でも、そんな国民はすでに亡びた国の民に過ぎず、ただわずかに国家の形をとどめているにすぎない」。「自分だけの幸せを追求し他人のことなど考えない」という部分が最も問題で、「あの青年は人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことができる人だ。それが一番人間にとって大事なことなんだからね。」というしずかちゃんのパパの教え、つまり聖書でいうところのゴールデンルールの真反対の状態が蔓延していること。

まさに世界は、内村が危惧した「亡び」へと向かっているようにしか思えません。


 では、救いの道はなんなのか。答えは明瞭です。「はんぶんこ、すなわち、分かち合う」こと。世界が生き残るにはそれしかないように思います。自然も富も力も独り占めしてはいけないのです。隣国を貪り、我がものとすることは、結局自らを滅ぼすことになります。分かち合いのこころの育ち。学校が、教会が、YMCAが、ワイズメンが、そして社会そのものが持つ育ちの目的をそのことに集中すべきです。「分かち合いの心」。それが亡国を防ぐ手立てなのです。そこに希望の種があるのだと思います。





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